遥かなる耳あかの旅路 ―Let’s read the Paper!T― (1)
マリオは耳かきがとてもとても大好きです。日課です、愛しています。
今、この瞬間にも耳かきは手もとに常備されています。
手持ちぶさたな時、ついつい耳かきに手が伸びてついつい掻きすぎて、傷口ができて膿んでしまって、外耳炎になってしまうんですよね…
その状態で放っておくと、下手するとばい菌が入ってリンパが腫れ、寝込んでしまうこともあります。
僕は二ヶ月に一度くらいという高頻度でこの事態に直面して困ります。自業自得なんですが。
(この記事を書くまで、漠然と「耳掻きすぎるとよく風邪引くなぁ、としか思っていませんでしたが、外耳炎になっていたせいだったんですね…)
それでもやめられないのが、耳かきです。
とにかく、耳かきって気持ちいいですよね。
一説によると、耳には「アポクリン腺」という分泌腺があるのですが、
代表的な性感帯であり同じようにアポクリン腺を持つ腋(わき)や乳房のように、耳道は性感帯なので気持ちいいんじゃないか、
ということらしいです。
耳あかを掻きだすという目的よりも、むしろ耳を掻くという手段の方が目的になってしまっているあたりが、性行為に似たものがありますね。
あ、ちょい卑猥ですか?失礼しましたm(__)m
耳あかは、垢は垢でもそこらの垢とはちょっと違います。
耳はとてもソフトな器官なため、マリオのように耳を掻きすぎて傷つけてしまったり、
内耳炎にかかって耳鼻科にかけ込んで鼓膜を破られて死ぬ思いをしたり…そんな思い出のある方も多いのではないでしょうか。
耳あかには、あまり丈夫とは言えない外耳を物理的なダメージから保護したり、乾燥から防いだりする役割があります。
また、耳あかには「リゾチーム」などの抗菌作用のある成分が含まれていることが知られており、
外から侵入してくる細菌やほこりや汚れた成分を分解・固化してくれます。
さらに、耳あかのネバネバによって、偶然侵入してくる昆虫などをトラップ!してくれる、という、
ちょっとホンマかい、って思えるような説もあります。
耳の中で虫が暴れるのかを想像したら気分悪いですね。
でも、ウサギなど耳の大きな生き物にとっては大きな利点なのかもしれません。
しかし、実際に耳あかがどんな利点を持っているかについては、はっきりはわかっていというのが現状のようです。
そんな親しみの持てる(?)耳あか。
最近になって、この耳あかに関わる遺伝子というものが決定され、ヒトのどの染色体にあるか、どういうDNA配列なのか、
というのが解明されました。
今回はこの「耳あか遺伝子」について紹介しましょう。
さて、皆さんご存知かとは思いますが、耳あかには「ネバネバ」と「カサカサ」の2タイプがあります。マリオはカサカサタイプです。
「カサカサ」タイプというのだから、「カサカサの耳あかができているんだろうな」と思っていたんですが、
驚いたことに英訳ではこのカサカサタイプは『No
earwax』(耳あかなし)だというんです!
え、耳あかがないのか!?こんなにかき取れるのに?
『earwax』という言葉は、直感的な訳では『耳ワックス』って感じですよね。
欧米ではほとんどの人がネバネバタイプなので、
「耳あかといえばネバネバがstandardさHAHAHA」
よって「earwax(耳ワックス)=耳あか」という訳になってしまっているのでしょうね。これは日本語訳としてちょっと不自然に感じてしまいます。
つまり、カサカサタイプの人の耳あかは、単に外耳を覆う細胞が古くなって剥がれ落ちてきただけのもので、
ネバネバタイプの場合はそれになんか脂っぽいもの(earwax)が混ぜ合わされている、ということなわけです。
これがわかると『No earwax』も頷けますね。
つまり、耳あかがネバネバかカサカサかの違いは、このearwaxが分泌されているかいないか、の違いだということになりますね。
日本人にはカサカサタイプが多いですが、耳あかについて調べているうちに、
カサカサスタンダードなわれわれ日本人の視点は、世界的に見てかーなーり特殊な状況だということがわかりました。
日本は、カサカサタイプの人の割合が極めて多い、特殊な地域の一つなのです!
我らは耳あかについて、マイナーな民族なのですね…
カサカサタイプは韓国・中国に極めて多く、その割合はほとんど100%!日本もかなり高めです。
しかし、驚いたことにヨーロッパやアフリカでは全くの逆でカサカサタイプがほとんど0%!
世界地図でみてこの100%と0%の地域のちょうど間にある場所、
たとえば東南アジアや太平洋の島々、ウズベキスタンやアフガニスタンなどの中央アジア、トルコなどの
小アジアなどでは30-50%の人がカサカサタイプであることがわかっています。
また、ネィティブ・アメリカンやイヌイットもこのくらいの割合です。
世界全体でみて、カサカサタイプは日本、韓国、中国北東北部、シベリアなどの北東アジアで極めて多く、
そこから距離が遠くなっていくと急にその割合が減少していることがわかります。
このことは、昔むかし「耳あかカサカサのイヴ」が北東アジアで現れ、
その性質が世代を経るにしたがい人の流れに乗って世界中に広まっていった…と考えれば説明がつきます。
ここに、耳あかは歴史の『生き“耳”引き』としての地位を露にします。
耳あかは…北東アジアの人間の移住の歴史を指し示しているのです…!
いきなり話が壮大になってしまいますね。
話はかわりますが、マリオの耳かき病もさることながら、
耳というものは人を惹きつけてやまぬ性質がある、のかどうかはしりませんが、
耳あかについて調べていくと色々面白いことが出てきます。
まず、耳あかの匂いが好き!って方がちらほら見受けられます。
マリオはいろいろと匂うのが好きであります。耳あかのにおい…はちょっとよくわかりません。
続いて、匂ったんだから今度は舐めてみよう!汚!
耳あかの味ですが、どうやら苦いらしいと言われています。
このことは先に書いた耳の中に迷い込む昆虫の忌避物質としての役割を考えれば少しは納得できるかな?苦けりゃ虫も逃げていく、と。
らしい、というので、実際舐めてみたんですが(汚い!)、よくわかりませんでした。皆さんはどうですか?
さらにさらに。最近「萌え」という言葉も社会的地位を確立してきた(のか?)ようですが、
メイド服だとかメガネだとかに加えて、よく見かける「萌えアイテム」がありますね。そう、アレ、あの頭にかぶるアレですよ。
なぜアレが「萌え〜」とかの対象になるのか考えてみると不思議なんですが、とにかく耳には特別な興味が集中するようです。
実はですね、ネバネバ型の耳あかのことを、アメミミとか…
ネコミミ
とか言うらしいです。
素晴らしきは耳あか!時代に先駆けた耳あか!もはや耳あかは現代のブームの象徴であると言…
(閑話休題、終われ)
さて、ちょっと頭が痛くなる遺伝学的な話に話題を移していきましょう。
ヒトの性質は遺伝子で大きく決められており、耳あかでさえその例外ではなく、耳あかのタイプを決定する遺伝子というものも存在します。
実はこの耳あかのタイプを決める遺伝子については、ヒトの数ある性質のなかでもヒト遺伝学的にとても面白い特徴があるのです。
一言で言うと耳あかのタイプは、「視認可能な単純メンデル遺伝に従う形質」なのです。
皆さんは「メンデル遺伝」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?ご存知の方はこれ以降の話はすっ飛ばして結構です。
(以下補足説明。結構長いです)
簡単に言えば、メンデル遺伝とは
「ある2つの対立する性質をそれぞれの家系において何代も伝え保つ親から生まれる子供は、片方の親のみの性質を示す」
というものです。あまりにシンプルに表現しすぎて誤解を招くとは思いますが、一応こう表現しておきます。
(明確に「優性」「分離」「独立」の法則が成り立つ形質の遺伝様式、ということです。)
耳あかのタイプは、このメンデル遺伝の法則によく従うことが知られています。
それは、「親の耳あかの種類と子供の耳あかの種類はどういう関係があるんだろう?」ということについての研究からわかっています。
あらためて言うことになりますが、耳あかについては、“カサカサ・ネバネバ、どちらのタイプになるかを決める遺伝子”というのが存在しています。ヒト一人はそれぞれ、この「耳あか遺伝子」を2つ持っています。
耳あか遺伝子には、2つの遺伝子タイプがあります
(!:この『2つ』ということの意味は、遺伝子のタイプが2種類あるということであり、“耳あか遺伝子を2つ持っている”ということと混同されないように。要するに、『人はそれぞれ耳あか遺伝子を2つ持っていて、その2つのそれぞれは2種類の遺伝子タイプのどちらかである』ということです。)
いちいち「耳あか遺伝子」と表記するのがめんどくさいのでearwaxからとって、2つのタイプを「E」と「e」とします。
ヒト一人の2つある遺伝子のタイプの持ち方について、「Eとe」、「EとE」、「eとe」といった3パターンがあることがわかります。
さて、では彼ら三人の耳あかは実際にどうなっているのか?
まず、「EE」の人。この人はネバネバタイプになります。
次に、「ee」の人。この人はカサカサタイプになります。
では、「Ee」の人は?この人は…あらあら、ネバネバタイプになってしまいます。
以上からわかることは、
「一つでもEを持っていればネバネバタイプになる」ということです。
逆に言えば「eしか持たないとカサカサタイプになる」ということです。
こういう風に2つの対立する性質(「形質」)を示す遺伝子のうち、もう一方に優先して表れるもの(E)を、「優性」であるといいます。
逆にあらわれにくいもの(e)を「劣性」であるといいます。(優性の法則)
(さらに!:別に性質自体に優劣があるわけではなく、ただ表れやすい、というだけのことです!優性であるから優れた性質である、ということは決してなく、単純に形質で人の優劣を論ずることは悪であるとさえ言えます。)
よって“純粋な家系の親”すなわち、EEとeeの子供はつねにEeとなり、その性質はEEである片親の性質と一緒になる、というわけです。
例えば、親がともにカサカサであるならば子供は確実にカサカサになります。
一方、片親がカサカサでもう片方の親がネバネバの場合はややこしく、子供は両タイプになりうるのですが、 私達が持つのがEEかEeかeeか?というのは、 父親の精子がEを、母親の卵がeを伝えた場合、その子はEe、つまりはネバネバ型になります。 |
以上が耳あかの遺伝子のメンデル遺伝についての簡単な説明です。
詳しくはメンデルで検索すれば出てきます。このページで説明するかは…未定です(^^;))
メンデル遺伝は、遺伝子発現の優劣が明確に現れるときに適用されます。
実際には、ヒトのような高等動物の多くの性質はメンデル遺伝の様式ほどは単純に受け継がれるのではなく、
ある一つの性質を決めるのに複数の遺伝子が関わっていたり、対立する遺伝子が明確な優劣を持たなかったりするため、
その解明は困難な場合が多いのです。
耳あかのタイプを決める遺伝子はこのメンデル遺伝によく従い、ただ一つの遺伝子によって決まり、
しかも見ただけでも確認できるという、複雑すぎるヒトの遺伝学にとってシンプルで非常に研究しやすいものだったです。
耳あか遺伝子については70年以上前から、メンデル遺伝に従うことがわかっていましたが、
ようやくその実体がDNAの塩基配列としてゲノム上でどの場所にあるか、どのような配列なのかが決定されました。
この「耳あか遺伝子」は、
ヒト第16番染色体の動原体付近にある「ABCC11」と名づけられた遺伝子であることが長崎大大学院の研究グループらによって解明されました。
次回は、その論文の内容についてもうちょっと詳しく紹介します。
『A SNP in ABCC11 gene is the determinant of human earwax type』
Koh-ichiro et al. 2006 nature genetics
おまけ
ヒトの耳あかのあるなしは、腋窩臭、つまりワキガに深く関係があると言われていましたが、
この論文の内容からはその関連性が理にかなっていると思われます。
また、耳あかは乳ガンとも関連があると言われていますが、これには反論もあり、真偽は不明です。
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